建学の精神・沿革
建学の精神
本学は大正12年(1923年)に創立された、80有余年の歴史と伝統を有する大学です。「日本の写真技術の振興に寄与する人材を世に送り出し、国家の発展に貢献するためには写真教育を行う専門の学校が必要である」という理想を提唱していた小西本店(現在のコニカミノルタホールディングス株式会社)創始者、六代 杉浦六右衞門が他界した後、その理想と遺志を後継した七代 杉浦六右衞門が東京府豊多摩郡代々幡町幡ヶ谷(現東京都渋谷区幡ヶ谷)の地に、「小西写真専門学校」を創設しました。
「(前略)故先代杉浦六右衞門、つとにこれを憂ひ、私財を投じて写真学校を設立し、以って本邦写真界の為に尽さんことを決意し、その企図に努めしも、生前その意を果たすに至らざりき。不詳先考の遺志を承継して、ここに本校を設立することとなれり(後略)」との設立趣旨のもと、高等の専門的写真教育が開始されたのが本学の前身です。
六代 杉浦六右衞門
七代 杉浦六右衞門
大学沿革
| 大正12年4月 | 小西写真専門学校創立[現 東京都渋谷区] |
|---|---|
| 大正15年3月 | 校名を東京写真専門学校に改称 |
| 昭和19年4月 | 校名を東京写真工業専門学校に改称 |
| 昭和25年4月 | 新学制により東京写真短期大学(写真技術科、写真工業科)として発足[東京都中野区] |
| 昭和37年4月 | 写真印刷科増設 |
| 昭和41年4月 | 東京写真大学工学部(写真工学科・印刷工学科)開設[神奈川県厚木市] 東京写真短期大学を東京写真大学短期大学部に改称 |
| 昭和42年4月 | 短期大学部の写真工業科を写真応用科に名称変更 |
| 昭和48年4月 | 工学部に工業化学科を増設 |
| 昭和49年4月 | 工学部に建築学科を増設 |
| 昭和51年4月 | 工学部印刷工学科を画像工学科に名称変更 工学部に電子工学科を増設 短期大学部の写真印刷科を画像技術科に名称変更 |
| 昭和52年4月 | 大学名を東京工芸大学に改称 東京写真大学短期大学部を東京工芸大学短期大学部に改称 |
| 昭和53年4月 | 大学院工学研究科修士課程(画像工学専攻、工業化学専攻)を開設[神奈川県厚木市] |
| 昭和57年4月 | 東京工芸大学女子短期大学部(秘書科)を開設[神奈川県厚木市] |
| 平成2年4月 | 大学院工学研究科修士課程に建築学専攻、電子工学専攻を増設 |
| 平成5年4月 | 工学部写真工学科を光工学科に改組 |
| 平成6年4月 | 芸術学部(写真学科・映像学科・デザイン学科)を開設[神奈川県厚木市、東京都中野区] 大学院工学研究科博士課程(工業化学専攻・電子工学専攻)を開設[神奈川県厚木市] |
| 平成9年4月 | 大学院工学研究科修士課程に光工学専攻を増設 |
| 平成9年8月 | 東京工芸大学短期大学部を廃止 |
| 平成10年4月 | 大学院芸術学研究科修士課程(メディアアート専攻)を開設[東京都中野区] 芸術別科写真技術専修を開設[東京都中野区] |
| 平成11年4月 | 工学部工業化学科を応用化学科に名称変更 |
| 平成12年4月 | 大学院芸術学研究科博士課程(メディアアート専攻)を開設[東京都中野区] 工学部電子工学科を電子情報工学科に名称変更 |
| 平成13年4月 | 大学院工学研究科博士課程に建築学専攻を増設 芸術学部にメディアアート表現学科を増設[神奈川県厚木市] 女子短期大学部秘書科をビジネス情報学科に名称変更 |
| 平成14年4月 | 工学部光工学科を光情報メディア工学科に名称変更 大学院工学研究科博士課程にメディア工学専攻を増設 |
| 平成15年4月 | 芸術学部にアニメーション学科を増設[神奈川県厚木市] 芸術学部デザイン学科にビジュアルコミュニケーションコースとヒューマンプロダクトコースを設置 |
| 平成16年4月 | 工学部学科を再編成(メディア画像学科、ナノ化学科、建築学科、コンピュータ応用学科、システム電子情報学科) |
| 平成17年7月 | 東京工芸大学女子短期大学部を廃止 |
| 平成19年4月 | 芸術学部にマンガ学科を増設[神奈川県厚木市] 芸術学部アニメーション学科にアニメーションコースとゲームコースを設置 |
| 平成20年4月 | 大学院工学研究科の光工学専攻修士課程と画像工学専攻修士課程を改組し、メディア工学専攻博士前期課程を設置 大学院工学研究科博士前・後期課程の電子工学専攻を電子情報工学専攻に名称変更 |
| 平成21年4月 | 工学部ナノ化学科を生命環境化学科に名称変更 |