イ・ピョンヨン写真展「One Birrの勲章」 (写大ギャラリー) [10月22日(金)~11月28日(日)]

  • この方たちの願いはいつ頃かなうのか
  • 小説“武器よさらば”を思い出させる退役軍人
  • 100戦100勝の勇敢な戦士

イ・ピョンヨン(李秉用)は東京工芸大学短期大学部研究生を修了すると故国に帰り、プロラボと写真学校を経営しました。その傍ら学生時代に日本で収集した解説書や写真集の翻訳を手がけ出版しました。日本でのグループ展や韓国での個展を開催し作品を発表してきました。また母校の恩師の写真展をプロデュースするなど、少しずつ写真界で業績の蓄積をしてきました。
イ(李)が今回のテーマに行き着いたのは、2006年9月韓国政府の招きでエチオピア退役軍人と一緒に来韓した子供20人が政治亡命を申請したニュースを見たことがきっかけです。
釜山のDaeyoun-dongには国連の記念の墓地が存在し、この墓地には11000余りの国連軍兵士の墓碑銘があります。豊かな国の兵士の遺体は本国に送られ、それ以外の国の兵士2300余りの遺体はこの墓地に眠っています。毎年6月になると朝鮮戦争に関係した外国の大使や外国人がここを訪れます。また韓国大統領や釜山の市長がこの記念の墓地に花輪を手向けます。

イ(李)は祖国へ帰った兵士や、帰ることが出来なかった兵士の遺族の消息を追って、まず最初にエチオピアに取材しました。そして2008年に「The Value of Honor Vol.1」を開催しました。
エチオピアでは1974年のクーデターにより帝国から社会主義国へと変わり、朝鮮戦争で共産主義国との戦いに参戦した兵士は帝国時代は英雄だったのが一夜にして’国の裏切り者’となりました。共産党の下でいかに苦労したかは言うまでもありません。彼らは生き延びるために’命と換えた勲章’を“1 Birr”(エチオピアの通貨単位・1 Birr=1000ウォン 約100円)で売らざるを得なかったのです。そのうえ参戦兵士のみならずその家族の命までも脅かされたのです。現在では一部の参戦兵士やその家族は待遇が回復しましたが、そのほかは依然として苦しい生活を余儀なくされています。

次はトルコに取材を行い2009年に「The Letter from Korea Vol.2」を開催しました。
李は朝鮮戦争に従軍した兵士には心からの深い感謝を、遺族には魂からの悲しい叫びに素直に向かい合い、韓国の人々には21の国々の尊い援助と犠牲の歴史を忘れないで欲しいと願い、このプロジェクトを続けています。

今回のイ・ピョンヨン写真展「One Birrの勲章」は「The Value of Honor Vol.1」を再構成して日本では、写大ギャラリーが初公開となります。

作家略歴
イ・ピョンヨン(李秉用 LEE, Byung Yong)
1958年韓国Kangwon do, Chuncheeon 生まれ。高校卒業後WoonPoong Chemistry Ltd.に勤務。1989年東京工芸大学短期大学部写真技術科入学。1992年東京工芸大学短期大学部写真技術科研究生終了。
帰国後、プロラボ・写真学校等を経営の傍ら、個展-Vertical Landscape- グループ展-Home Town-を開催。また写真展、ワークショップ等を企画。その後朝鮮戦争退役軍人及びその家族の現在を取材中。2008年(エチオピア)、2009年(ト ルコ)とその作品を発表。
その他写真関係の翻訳本多数出版。