土門拳写真展「日本のかお」-土門拳自選作品集1より-(写大ギャラリー) [01月15日(火)~03月24日(日)]

  • 舞扇
  • 杉村春子
  • 川端康成

〔写真展概要〕

古寺巡礼シリーズを第五集で完結したあとに土門拳は次の写真集発刊を企画しました。土門拳自選作品集全三巻です。「二度めの脳出血に倒れて半身不随になったいま、土門拳は涙もろくやさしくなった」(岸哲男『土門拳自選作品集2』土門拳・人と作品より)と述べられているように自選作品集1にはやさしく穏やかな作品が選ばれています。ぎらぎらとした目で対象に肉薄した近寄りがたい作品ではなく、晩年はやさしくなったが故に親しみやすい表現の作品が多数収録されています。そしてそこにある土門拳の作品は当代の日本を代表する文化・伝統・諸芸術で風景・人物・陶磁器・庭園・寺・仏像・工芸品等です。
それはまさしく“日本のかお”と云うべき対象で土門拳の目を通して格調高く表現され、心休まる作品となっています。

今回は自選作品集1より「日本のかお」として写真展を構成しました。どうぞご高覧ください。

〔作家略歴〕

土門 拳  (どもん けん)

1909年山形県生まれ。中学時代より画家を志すが、家の事情で断念。1933年に営業写真館である宮内幸太郎写真場の内弟子となるが、報道写真家を目指し、34年にはドイツから帰国した名取洋之助の設立した日本工房に入社し、対外宣伝誌『NIPPON』で数多くの撮影を手がける。戦後は絶対非演出の「リアリズム写真」をカメラ雑誌などで提唱し、多くの写真家に影響を与えた。1958年『ヒロシマ』で国内外で高い評価を得、筑豊炭鉱地帯の悲惨な状況を取材した1960年出版の『筑豊のこどもたち』は10万部を超えるベストセラーとなる。その後、仏像や寺院、古陶磁などの伝統工芸品や風景など、一貫して日本の美を撮り続けた。
1979年に脳血栓を起こして昏睡状態となり、その後目覚める事なく1990年に心不全のため死去。

「土門拳自選作品集」 (どもんけん じせんさくひんしゅう)

土門拳は古寺巡礼第五集発刊を完結したあと脳溢血で倒れ、半身不随になり長い闘病生活が続いた。その中で土門拳の四十年間に及ぶ全著作を集約して土門拳自選作品集全三巻が出来上がった。昭和五十二年のことである。そこには自身の乾板やフィルム十万枚以上のコマの中から選ばれた450点に及ぶ作品が掲載されている。序文には井上靖の「土門拳の仕事」や、岸哲男の「土門拳・人と作品」が巻頭に述べられている。第一集はカラー作品、第二集、第三集はモノクロ作品。