特集

2017.6.19

《土門拳賞受賞》梁丞佑さん「写真から、人間の匂いを嗅いでみて」【後編】

「土門拳賞」受賞記念インタビュー(後編)
インタビュアー:東京工芸大学芸術学部長・吉野弘章写真学科教授

卒業生の写真家・梁丞佑(ヤン・スンウー)さんが、第36回「土門拳賞」を受賞しました! この賞は、日本を代表する写真家のひとりで、リアリズムを確立した写真家の土門拳さんの業績をたたえ、「毎日新聞社」が1981年に設立した国内有数の写真賞です。後編では、引き続き本学の芸術学部長・吉野弘章がインタビュアーとなって、梁丞佑さんからお話しを伺いました。受賞作品の『新宿迷子』発売の経緯、撮影の裏話や想い、学生時代にやっておくべきことこととは?

吉野弘章教授(以下吉野):受賞作の『新宿迷子』には、夜に歌舞伎町で遊びまわる子どもたちが出てきたり、喧嘩か何かで血を流している人も登場します。でも、これを見て、おかしいとか、怖いとかいうよりも、何かそうじゃなくて、人間の生きている力みたいなことを感じて、見ていて、力づけられました。僕なんかは、歌舞伎町にはあまり行ったことがなくて、やっぱりちょっと物騒なところという気がして。写真集を見ても、なじめない人はなじめないと思う。けれど、梁さんにとって、歌舞伎町がピタっときたのは、なんだったのでしょう?

梁:ふところが深い街ですよね。誰でも受け入れてくれる。みんな仲間という感じで、たとえば、地方から流れてきて、お腹が空いている人がいたら、「お前どこから来たん?」と聞いて、新宿が初めてだと言ったら、月曜から日曜まで何時にどこへ行けば炊き出しがあるよ、ということを全部教えてくれる。来たばかりの頃は細かった人が、ホームレスになって、3ヶ月でものすごく太ってたりするんですよ。

吉野:生きる術を教えてくれる。そんな歌舞伎町の人たちに惹かれた?

梁:同じ匂いがするみたいで。人間の匂いが大好きなんですけれど、そういう人が集まっていたので、撮り放題でした。

吉野:居場所がない人たちが集まっていることで、仲良しという訳ではないだろうけど、お互い認め合ってたり、居心地の良い何かがあるのですね。

梁:誰でも受け入れてくれる街ですね。懐が深い。

吉野:でも、普通だったら、撮るのが危険な場合もありますよね?何撮ってるんだよ、みたいに絡まれたりしないですか?

梁:よく聞かれるんですけれど、1回もないんです。顔がこんな顔だからかもしれないけれど(笑)

吉野:写真から感じるのは、もしも、梁さんが被写体をさげすんでみていたり、他者としてみていたら、向こうも嫌だったかもしれないけれど、梁さんは愛がある気がします。同じ仲間みたいな感じがするのかもしれないですね。コイツだったら、まぁいっか。同じ仲間たちが記念写真を撮ったりしているような、延長で許されるのかも。きっと私なんかが、現場に行って、血みどろで怖いなーとか恐れながら撮ってると、「お前、何撮ってるんだよ!」と怒らせてしまうかもしれないけれど、梁さんは、血が出ちゃってるじゃん、大丈夫かよ、という感じですね。

梁:この写真集は、1998年から2006年に撮影した写真なんですけれど、当時、歌舞伎町にはカメラマンが結構いて、写真を撮って、雑誌に売る人がたくさんいたんですよ。でも、彼らは、撮ってすぐ逃げちゃうんですよ。喧嘩をしていたら、僕はまず止めます(笑)。

吉野:喧嘩を止めてから、ちょっと撮っていいって(笑)? 梁さんは、当事者なんですね。ここで生きている人たちと視線の高さが同じだから。だから、リアリティがある。でも、決してネガティブではないから、写真を見ていて元気が出る。見ていて、うわっ気持ち悪いという感じにならず、むしろ入り込むことができる。賞をとってから、仕事はどうですか?

梁:インタビューは結構受けました。でも、まだ仕事はこれからですね。

吉野:なかなかこういうタイプの仕事は貴重ですからね。

写真から、人間の匂いを嗅いでみて

吉野:でも、写真展の依頼はされていますよね?

梁:そうですね。年内はいろいろ。でも、今までと変わらないと思いますよ。人間臭さがするところを探して撮り続けます。

吉野:梁さんの伝えたいことは、人間臭さですか?

梁:人間の匂い。ジャーナリズムがどうのこうの、ということではなく、まず写真から人間の匂いを嗅いでみて、という感じです。

吉野:梁さんの写真では、自分と他者とか、偉い人と偉くない人とか、差がない。何もが一緒になっていくようなところがあって、そういった点が心地良いですね。一見、ネガティブに見えそうなものをポジティブにさせる。だから、世の中にある差別とか、いろいろな偏見とかいうものに対して、写真を見ることでなくなっていく。そんな気がします。そういう態度がいいのかな。ジャーナリズム的な発想がある人の中には、善い悪い、みたいに決めつけたがる人もいるけれど、ここには、善い人も悪い人もいない。みんな人間。

梁:さすが先生! よくわかってらっしゃる。

吉野:それは写真がすごく語っていますから。普段のものの考え方をあらたにさせられる。それが、梁さんの写真の力ですね。

吉野:卒業してからは、本学で授業を手伝う仕事をしていただいた時期もありましたが、ずっと作家活動を? 

梁:そうですね。卒業してからは、アーティストビザに変えたので、アートに関わらない仕事ができなくなってしまって。だから、コンビニでアルバイトもできなくなってしまった。(現在は日本人女性と結婚し、配偶者ビザ)その時は自分なりに頑張れば、なんとかなると思っていたんだけれど、実際には、理想と現実に壁があった。それが越えられなくて、写真を辞めたいと思ったこともあります。

吉野:それは、制作上の壁というよりは、生活が理由ですか?

梁:そうですね。ほかの仕事なら、こんなに苦労しないのに、って。でも、生活が苦しいからやめるのはかっこ悪いから、交通事故にあって、腕の骨とかが折れちゃえば、辞められるんじゃないか。それで、池袋でお酒を飲んで、べろんべろんに酔っ払って、意識を無くして、シャッターを押しながら家まで歩いたこともありました。朝起きて写真を見たら、赤信号がいっぱい撮ってあった。そういう覚悟でいたから。でも、怪我もしてないし。それで、さっぱり忘れました。俺はまだ生きている。

一生にいくつかしかない出会いに、ちゃんと準備ができているか

吉野:学生のうちにやるべきことは何だと思いますか?

梁:失敗はいっぱいした方がいいじゃないですか。

吉野:梁さんは、どんな失敗をしましたか?

梁:たとえば、いくつかの写真を並べる組み写真。どういう風に組むか、いろいろやってみるんですけれども、選べない。いろんな先生に見せても、それぞれ違う部分を指摘される。だから、最初は間違っていても、自分なりの視点で、私はこういう風に選びましたといろんな先生に見せて、何度も失敗して、これが自分流というものを見つけた方がいいですね。

吉野:確かにそうですね。写真を先生に見せると、いろいろな角度からものを言いますしね。誰を信じていいか、わからなくなることもありますよね。

梁:頼ろうとしすぎると、自分の考えを忘れちゃう。

吉野:たくさん作って、何度も見せて、いろんなこと言われていく中で、自分の写真というか、自分流というものをつかんでいく。たくさん作って見せることが大事なのかもしれないですね。

梁:そうですね。『新宿迷子』(禅フォトギャラリー)を出せたのも、渋谷の「Zen Foto Gallery」(2009年当時/2011年に渋谷から六本木へ)で、イギリス人オーナーのマーク・ピアソンさんと初めて会った時に、写真を持っていたからなんです。きれいなポートフォリオではなかったんですけれど、両面印刷で本のようなものを作って常に持っていた。渋谷にギャラリーが出来た時に訪れたら、マークさんとたまたま話ができて、それで、自分は写真家です、写真をやっているんですと言ったら、「あなたは何の写真を撮ってるんですか?」とカタコトの日本語でマークさんに聞かれて。それで、こういう写真を撮ってますと出したら、その場で「私が写真集を出します」と言ってくれました。だから、常に準備しておかないとダメです。出会った時に準備ができているか、できていないか。

吉野:すごくいい話! 学生に伝えたい。一生にいくつかしかないチャンスにちゃんと準備ができているか。それが、アーティストとして成功するかどうかの秘訣かもしれないですね。ところで、僕は、学内の写大ギャラリー運営委員長をしていまして、梁さんの写真を出展してもらえませんか?

梁:嬉しい! 写大ギャラリーで紹介している写真は巨匠ばかりじゃないですか。いつか僕もやりたいなぁと思ってましたよ。でも、まだ叶えられていないから、頑張ろうと思って活動していました。

吉野:それなら、やってくださいよ! いつ? 今年はもうスケジュール決まっているので、来年に展覧会をやりましょうか。

梁:はい、やります! ほんとに嬉しいです!

吉野:梁さんの魅力を最大限出せるようにしたいと思っています。話を聞いて、絶対に展覧会を開催したいと思ったので、よろしくお願いします。今日は、どうもありがとうございました。

(対談場所:東京工芸大学中野キャンパス B Cafe)

『新宿迷子』 (禅フォトギャラリー)

判型
297 x 210 mm
頁数
147頁
製本
ソフトカバー
発行日
2016
言語
英語、日本語

1998年から14年までに新宿・歌舞伎町を“居場所”とする、人間の姿や出来事をとらえた写真集。写真からは強烈な人間の匂いが伝わってくる。土門拳賞で初めての外国人受賞作品。

「新宿駅東口から歌舞伎町の方に吸い込まれるように歩いて行くと、もう胸がドキドキしてくる。 人間の欲望が見え隠れする街が歌舞伎町である。その景色が好きで好きでたまらない。キラキラ光っているネオンの下に、ダンボールを敷いてあおむけに寝ると、これがまた、気持ちいい。なんだか社会という歯車から外れたようで違った角度から自分のこととか色々なことを考えられる。悩んだ時はダンボールが最高だ。
新宿・歌舞伎町を取り始めて3年目のある夜。新宿コマ劇場の前で、段ボールの上に寝ている幼い子供を発見した。当時、一見派手な事柄を好み、追いかけ撮影した私は、この光景にこの町の真相を見たような気がした。そして、目が離せなくなった。」

『新宿迷子』より抜粋

©yang seung woo
©yang seung woo

梁丞佑(ヤン・スンウー)写真家

1966年、韓国生まれ。1996年に来日。2000年日本写真芸術専門学校に卒業。2004年東京工芸大学芸術学部写真学科卒業。2006年同大学院芸術学研究科メディアアート専攻修了。2000年・2004年フォックス・タルボット賞一席、 2001年ハッセルブラットStudentフォトコンテスト入賞、2001年上野彦馬賞日本写真芸術学会奨励賞、2002年ハッセルブラットStudentフォトコンテスト入賞、2003年International Photography Awards Other PhotojournalismSection入賞(米国)、2004年PDN Photo Annual 2004 Studentwork Section入賞(米国) 、2005年DAYS JAPAN 国際フォトジャーナリズム賞日本国内ドキュメンタリー賞、2005年キャノン写真新世紀奨励賞、2006年上野彦馬賞 日本写真芸術学会奨励賞、2005年EPSONカラーイメージングコンテスト特選、2006年第9回 新風社・平間至写真賞大賞、2007年キャノン写真新世紀佳作、2007年文芸社ビジュアルアート出版文化賞2007特別賞、2008年キヤノン写真新世紀佳作、2008年リトルモア写真集公募展審査員賞、2009年視点入選。 著書に『君はあっちがわ僕はこっちがわ』(新風舍)、『君はあっちがわ僕はこっちがわ2』(禅フォトギャラリー)、『青春吉日』(禅フォトギャラリー)がある。

インタビュアー:吉野弘章 写真学科教授東京工芸大学芸術学部長

1965年東京生まれ。東京工芸大学大学院芸術学研究科博士前期課程修了。1980年代より写真専門ギャラリーで写真展の企画や写真家のプロデュースなどを手がける。2003年に美術市場における写真に関する研究で日本写真協会新人賞、日本写真芸術学会賞を受賞。作品はプリンストン大学美術館などに収蔵。日本写真芸術学会理事。
現在は、土門拳や森山大道など国内外の著名作家のオリジナルプリントを一万点以上収蔵する東京工芸大学写大ギャラリーのディレクターも務める。